キハ26 400番台

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佐世保駅 1976 8.26

前回のキロ26で思い出すことがあります。
上画像のキハ26 400番台は,元キロ26で,大村線や佐世保線,松浦線で運用されていました。佐世保→北佐世保や佐世保→三河内など撮影時にチョイ乗りするぐらいで,いつも名残惜しく下車していました。一度だけ三田川から佐世保まで乗りました。いわゆる,ロマンスシートに喜んでいましたが,リクライニングがないシートなので,元1等車でも長時間乗ると,さすがにお尻が痛くなりボックスシートの良さを再認識した次第でした。

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有田~三河内  1981 2.25
2両目の車両がキハ26です。

キハ26は電化前後に岡山から早岐へ転属したようで,この撮影の直後にロングシート改造され600番台となり東唐津に転属,唐津~博多の筑肥線で活躍しました。佐世保近辺から姿を消したのですが,しばらくして,タラコ色になって戻ってきたようです。タラコ色化しても窓配置だけが往年のキロの面影を残していました。1984年2月改正で普通列車が電車化した時に全廃されたと記憶しています。

今回は,拙HPの「むかし」シリーズみたいになってしまいました。(笑)


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この記事へのコメント

2008年08月31日 20:05
こんばんは
またまた懐かしい写真が…
600番台のたらこ色、規則的にならんだ窓が、好きでした。(笑)
国鉄時代は、よく転属が行われていましたね。
昔の東唐津気動車区を思い出します。
門ハイ(管理人)
2008年08月31日 21:29
>伊万里保線区 さん
こんばんは。
DCであれ何であれ,座席ひとつ分に一枚の窓が並ぶ車両は高級感がありますね。787系デビュー時も,室内を見る前に窓配置だけで高級感を感じました。

「ヒガシカラ」は,スイッチバックのような構内で,川と反対方向に気動車区があり,DCがタムロしていましたね。反対側はさえぎるもながなく,すぐ側を松浦川が流れていましたね。
今の跡地から見ると想像できませんね。

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