10年前あの頃@有田陶器市2003

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03 5.1  三間坂

今年は有田陶器市110th、と言うことで10年前は100周年で盛り上がったのでした。
この頃は、バブルが弾けて10年ちょっとで、小泉改革とやらが軌道に乗り始めた頃で、ちょっと明るい感じの世相でした。地方も(佐世保近辺)少子化や高齢化が実感としてわかる=市町村合併前夜で、イマ、または将来思うと、平成の折り返し点になるかもしれない時期かもしれません。(笑)


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03 5.5  三間坂

メインラインにはブルトレが走ったり、SL末期のように枝線にはキハ58が細々と生息していて、多客期中はこき使われていました。(笑) 九州新幹線の部分開通前の787系(つばめ)なんて輝いており、佐世保線なぞには来てくれませんでした。

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長崎から大村線を経由して来る陶器市号は国鉄色が運用に就き、100周年を記念して大きなHMをつけていました。誰の配慮か偶然かは不明ですが、子どもの日の門司港からの陶器市号も国鉄色が運用に就き花を添えました。三間坂での交換は2回あり、下りの時は結構な同業者が集結しました。

さらに、アノ国鉄色も帰ってきたのでした、続く。(笑)




この記事へのコメント

直通特急
2013年04月28日 11:55
カットを拝見するとキハ66の後ろに58がいますが併結されていたのですか?
総括制御するには互換性があったのだろうか?ふとそんなことを一瞬考えてしまいました。66+200は×でしたよね。
門ハイ(管理人)
2013年04月28日 14:08
こんにちは。
キハ66+キハ58でした。キハ66は、筑豊線では独立していたので、イメージ的に他とは総括できないと思いがちですね。
キハ58と連結すると、意外にも66は小柄で、やはり58は急行形なのだと再認識しました。

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